オールド・ノース・チャーチは重要な拠点の一つだけれど、詳しい歴史については、他のサイトでも語られない。
教会の前の銅像は、ポール・リビア。独立戦争の際、活躍した人物として著名。リビアは「Revere」とつづり、ボストンの一部地名にもなっている。それがFallout4でのスポット、リビア・ビーチなど。
ポール・リビアは独立戦争の際、伝令として活躍したが、その後銀細工師としても成功しており、ボストンにとってはとても重要な人物。
オールド・ノース・チャーチに限らず、独立戦争前に「イギリス国教会」系だった教会は、独立戦争を期に宗教的問題を抱える。国教会とイギリス国王は密接不可分で、国教会の頂点に立つカンタベリー大司教は、イギリス国王に任じられる。逆に、国王の戴冠式でクラウンを授けるのはカンタベリー大司教。つまり、イギリスからの独立は、イギリス国教会からの独立でもある。
そこで、独立間もないアメリカ国民たちは、系列にあるスコットランドの聖公会の系譜を引いて、聖職者を用意することになった。オールド・ノース・チャーチの所属するのは、アメリカ聖公会であり、これは現在のアメリカ・キリスト教の一主流派として確立している。
ところで、イギリス国教会にせよ、アメリカ聖公会にせよ、政治的な意味でバチカンの法王とは一線を画したりしているが、宗教的には同じカトリック系である。いわば「旧教会」系だ。だから、教会の真下に墓を作る。これは、ウエストミンスター寺院なんかが有名だ。毎週礼拝する教会の足元、たとえば回廊などに遺体を埋めることで、宗教的な「ファミリー」となるわけだ。教会の地下が墓となっているのは、きわめて自然なことなのだ。
そこに、我らがレイルロードが拠点としているわけだが、ここで気になったこと。
それぞれ、墓地の石碑が再現されているけれど、本物かな。
まずこれ。
かろうじて、
№26
Peter ST medard
&
George Clarks
Tomb 1808
と読める。
Dr Peter St. Medard (1756 - 1822) - Find A Grave Memorial
ありました。本物です。Peter Medardは海軍(上級?)軍医で、ほかの資料からはコンスティチューションへの乗船も命じられた経歴があります。George Clarksはわかりません。
Shubael Bell (1766 - 1819) - Find A Grave Memorial
このサイトの説明文を読んでみると、どうも独立戦争時に砲兵大隊を指揮していた軍人みたいですね。その下の人もデータベースに載ってます。
Robert Fennelly (1775 - 1828) - Find A Grave Memorial
これは読めない・・・・
いずれにせよ、わざわざ本物を写したってのはすごいですな。
ここを駆け抜けるとき、できれば遺骨を蹴飛ばすようなことがないように。