日々ぴこぴこ

最近は読書か筋トレばかりしている。

カタボリック、いわゆる筋分解

 筋トレを始めると、一番恐れるのがカタボリック、すなわち筋分解。

 ところが、これは筋トレ界隈では非常に宣布されているが、医学的なサイトにはほとんど見かけない。

 まず、カタボリックの一般的な解釈について。

 

・カタボリックとは

 アナボリック=合成、つまり筋肉合成に対する言葉。筋分解。

 筋肉は、そもそも異化作用(空腹時・疾患・ストレスなど)と同化作用(栄養摂取・運動など)の微妙なバランスのもと維持されている。筋肥大とは、同化作用が強く働いたときの作用、空腹時には異化作用として筋量減少につながる。

 たんぱく質は筋肉の同化作用、つまり筋力増量につながる重要な栄養素だが、過剰に摂取すれば中性脂肪として蓄積される、つまり肥満になる。

 

・カタボリックの要因

 ストレス=コレチゾール。コレチゾールは筋肉を分解する作用をもっている。筋トレする人がつとめて平静に過ごすことに努めるのは、コレチゾールによる筋分解を恐れているから。

 

 オーバートレーニング。過度なトレーニングはコレチゾールを増大させる。

 

 血中アミノ酸濃度の低下。血中アミノ酸濃度が高いときは筋力増大を推し進めるが、低下すると筋肉を分解してアミノ酸を取り出そうとする。

 

 摂取カロリーの低下。摂取カロリーの糖質・脂質が不足した場合、筋たんぱく質を分解してエネルギーにする。つまり、体が飢餓状態に陥ってしまっている。

 

・カタボリックを防ぐには

 ①適切な休養をとる。

 ②タンパク質などの栄養とカロリーを適切に摂取する。

 ③ストレスになりうる環境から距離を置く。散歩などストレス発散に努める。

 

(ここまで引用:https://www.oricon.co.jp/special/56758/

 

 ここまで見てみる限り、科学的に恐れるべきは「コレチゾール」。つまり、ストレス。

 あと、過度な栄養不足カロリー不足。炭水化物カット、糖質カット、脂質カットというけれど、これらはダイエットとしては有効かもしれないが、筋トレを射程に入れている人にとっては要注意。つまり、カットしすぎるのは危険。

体脂肪とは? & 脂肪燃焼とは?

 そもそも「体脂肪」とは?

 

 脂肪と脂質は根本的に違う。

 脂質は三大栄養素の一つ。

 三大栄養素とは、タンパク質・脂質・炭水化物(糖質+食物繊維)。

 脂質というと負のイメージが強いが、三大栄養素というくらいだから、人体にとって必要不可欠な栄養素。では、どんな働き?

 まず、最も高いエネルギー源。水には溶けないが、有機溶媒には溶ける。炭素・水素・酸素で構成される。

 体内ではホルモン・細胞膜・角膜の構成要素となり、皮下脂肪として臓器保護・体温調節の役割を担う。

 脂質を構成する要素に、脂肪酸というものがあり、体にいい働きをするものもあれば、悪い働きをするものもある。飽和脂肪酸は後者の代表格。

 

 一方、脂肪とは脂質の一つ、中性脂肪を指すことが多い。

 中性脂肪は、グリセリン(グリセロールとも)に三つの脂肪酸が結合した構造。

 主な役割としては、エネルギー貯蔵・体温保持・臓器保護といった役割がある。

 

 日本では、「脂肪分ゼロ」「脂肪分が多い」と食品を形容することから、脂肪と脂質が混同されてしまっているが、本当ならば「脂質ゼロ」「脂質豊富」という表現が正しい。

 

・体脂肪(=中性脂肪)が蓄積されるしくみ

 人間は食事をして、2時間から5時間かけて胃で消化される。その後、消化器官を通過しながら栄養素を分解吸収し、48時間から72時間で不要なものが排出される。

 つまり、食べてすぐ脂肪になるわけではない。

 

 食事から得た脂質・糖質は体を動かすエネルギー(=代謝)として比較的早く消費される。 

 まず、糖質は消化されて「グルコース=ブドウ糖」として小腸で吸収される。ブドウ糖は血液に入って全身に配布される。余ったグルコースはインスリンの働きで「グリコーゲン」になり、肝臓・筋肉に蓄積される。ただ、グリコーゲンの貯蔵スペースは比較的少ないので、費消されなければ肝臓で「中性脂肪」に加工され、全身の脂肪貯蔵スペースに蓄積される。これがいわゆる体脂肪。

 脂質は、同じく小腸で「脂肪酸」「グリセロール」に分解され、中性脂肪になって血液によって全身の脂肪細胞に配布される。

 比較的早く運動など、エネルギーを費消する活動をすることで、これらのエネルギー源は活用されるので、体脂肪として定着する可能性は低くなる。

 

・体に蓄積される脂肪には二種類がある

・内臓脂肪

 特徴としては「溜まりやすく、燃焼しやすい」。男性、壮年期以後の女性に多い。

 内臓の周りに脂肪が蓄積するので、お腹がぽっこりする。「リンゴ型肥満」とも。

 内臓脂肪に蓄積する脂肪は、中性脂肪という。これはエネルギー源として人間が蓄積するもので、この脂肪細胞から分泌される「サイトカイン」=生理活性物質のバランスの乱れを引き起こし、血糖値・血圧・血液中の脂質に悪影響を与え、生活習慣病の原因となる。

 

・なぜ内臓脂肪が蓄積するのか。

 主な原因は「食べ過ぎ・飲みすぎ・早食い=過栄養」と「運動不足」。

 摂取されたエネルギーが、適切に消費(=代謝)されない時、そのエネルギーが中性脂肪として体に蓄積されてしまう。

 脂肪の蓄積は、脂肪細胞の肥大化となり、腹部肥満を招く。

 極論すれば、どんなに摂取したエネルギーでも、脂肪となる前に消費すればよい。

 

・内臓脂肪の悪影響

 内臓脂肪は、人体の健康を脅かす、様々な「サイトカイン」を分泌する。

 例えば、動脈硬化を抑制する良いホルモンを減少させ、逆にインスリンの働きを低下させるホルモンを分泌したりする。

 内臓脂肪の増大=サイトカインの過剰分泌は、糖尿病・高血圧・脂質異常症を引き起こす。

 

・皮下脂肪

 特徴としては「溜まりにくく、燃焼しにくい」。女性や子供に多い。

 下腹部・腰回り・お尻などの皮下に脂肪が蓄積することから「洋ナシ型肥満」とも。

 

・肝臓のはたらき

 体脂肪の蓄積・燃焼に肝臓のはたらきを軽視できない。

 肝臓には大きく4つの働きがある。

 ①胆汁をつくる。

  食べ物の消化に必要な胆汁を作り、消化を助けている。

 ②栄養素を蓄え、変化させる。

  ブドウ糖をグリコーゲンに合成、体内に配布している。

  たんぱく質をアミノ酸に分解し筋肉や血液に必要なたんぱく質へと再合成させる。

 ③毒を中和する。

  アルコール・ニコチンの中和を行う。

 ④免疫細胞が活躍する。

  肝臓には免疫細胞が豊富に存在している。

 よく、筋トレしている人ほどアルコールを呑まないというが、これは肝臓が筋肉の重要構成要素であるアミノ酸・タンパク質の合成に深くかかわっているから。

 ただ、過剰なたんぱく質摂取は、肝臓などへの負担が大きくなり、筋トレには逆効果ともいわれる。

 

・脂肪を蓄積させないためには

 アンダーカロリーを徹底する。

 つまり、過剰摂取・過少消費という負のスパイラルから抜け出す必要がある。

 

・自分のメンテナンスカロリーを知る

 メンテナンスカロリーとは「基礎代謝+消費代謝」の和。

 基礎代謝は生きていくうえで必須となるカロリー。臓器を動かす、筋肉を動かすなど、特に運動を必要とせずに消費されるカロリーが基礎代謝。

 消費代謝は、運動などの活動で消費されるカロリー。

 この消費代謝がよく分からない、というのがダイエット経験者の悩み。

 そこで、とても簡単な計算方法がある。

 

①最低10日間の摂取カロリーを記録する。

 最近はスマートフォンのアプリなどで、食事を記録し、カロリーを計算してくれる便利なものがある。これを正直に(ここで嘘をつくメリットは全くないので)記録。

 10日間程度の記録を正直にとる。

②同じ期間、同じ時間に体重計に乗り、記録する。

③初日と最終日の体重増減を出し、これに7,200㎉を掛ける。ただし、体重増の場合は「マイナス」、体重減の場合は「プラス」で計算する。

④10日間の総摂取カロリーの和を出す。

⑤ ( ③ + ④ ) ÷ 10日間 = 一日のメンテナンスカロリー。

 

 例えば、

①一日平均2,500㎉

②マイナス1㎏

③ 1 × 7,200㎉ = 7,200㎉

④ 25,000㎉ 

⑤ ( 7,200㎉ + 25,000㎉ ) ÷ 10日間 = 3,220㎉

 となる。

 

 これを基準に毎日、アンダーカロリー(摂取<消費)を継続することで、脂肪蓄積が減り、体脂肪消費が促進される。

 

 

 

・脂肪燃焼とは

 脂肪燃焼は、摂取を上回る消費によって促進される。

 

・中性脂肪が燃焼されるまで

 体を動かすことによって、比較的早く消費されるのが「グルコース」。これは食事で摂った糖質から合成されるエネルギー源。

 次に筋肉などに一時保管される「グリコーゲン」が消費される。

 つまり、運動し始めは保管されたエネルギー源を活用していくが、それらもストックが限られているので、中性脂肪の分解が始まる。

 

・中性脂肪の「分解」

 エネルギーが不足すると、脳から脂肪分解命令が発して、中性脂肪を分解する。

 分解されたエネルギー源は、血液を介して全身に運び込まれる。

・中性脂肪の「燃焼」

 エネルギー源は細胞内の酸素と結びつくことで、エネルギーに変化する。これが「燃焼」。ここで酸素が多く必要になるので、有酸素運動が体脂肪燃焼に有効である、といわれる。

 

・有酸素運動20分から効果、の理由 

 上に書いた通り、人間の体はエネルギー源をわずかながら備蓄しているので、運動しはじめの一定期間は、この比較的新鮮なエネルギー源を活用する。つまり、中性脂肪にアクセスする前に運動を止めてしまうと、中性脂肪の分解が始まらない。

 

 そこで、有酸素運動は20分程度してからではないと、脂肪燃焼が始まらないといわれる。

 

・忙しいのに20分も!

 短い時間でも、無酸素運動である筋トレを行うことによって、これらエネルギー源を消費してしまってから、有酸素運動を行えば、理論上は短い有酸素運動でも効率的に中性脂肪を分解消費できる、といわれる。

 

 

 

 

 

 

引用元:https://brand.taisho.co.jp/contents/livita/233/

   :https://www.tanita.co.jp/magazine/column/5256/

   :https://www.taisho-kenko.com/column/159/

   :https://kobe-kishida-clinic.com/about-diabetes-internal-medicine/diabetes-fundamentals/diet-therapy/lipid-fat-difference-healthy-intake/

   :https://www.chugai-pharm.co.jp/ptn/medicine/karada/karada009.html

 

 

 

読書感想文『ローマ人の物語』

 学生時代に苦手だった読書感想文。

 塩野七生さんの『ローマ人の物語』は、ローマが生まれ、地中海を「我が内海」とまで興隆した後、衰退して東西に分かれ、ローマを拠点とした西ローマ帝国が崩壊した時点までを描く。

 

 この本はあくまで、「物語」であって、「歴史書」ではない。研究書とか歴史書というのは、正確さが求められる。間違ったこと、感想めいたことは書くことができない。だからこそ、現代の歴史学は硬直化してしまっている面もあるが、こうした歴史に対する冷徹さがなければ、それを基に、様々な物語などを描くことができなくなる。

 

 文庫版にして43巻もの大著であり、非常に丁寧にローマ人の歴史(塩野さんは「所行」と評する)を描いているのだが、政治的にも経済的にも軍事的にも、周囲の様々な民族に劣るといわれるローマ人が、なぜそれら民族を征服し、「帝国」を建設したのかを、ローマ人の作り上げる国家や社会という形で描く。

 結論的にいえば、ローマ人は寛容をもって支配し、人間らしく生きるためという理由で、完全に支配下に入った地域、入っているとは言い難い地域含め、インフラを整備する。これを塩野さんは「高速道路」と評するローマ街道、上下水道、スタジアムなどの歓楽施設、多神教国家であるローマ帝国ならではの神殿など、まるでローマ人が建設という形で多種多様な国家や民族を征服していった過程を描く。その興隆期に関する叙述は、やはり読んでいて胸躍る。

 

 だからこそ、衰退期に至る叙述には、読んでいる側にも悲哀というか、辛さを感じさせる。

 つまり、いわば「塩野史観」から見れば、ローマが興隆したのは、他民族他国家の宗教や価値観すらも許容し受け入れる「寛容」にある。ところが、広大な帝国を運営する方式や、元首皇帝の代替わりによって体制がまるで変ってしまう構造的欠陥から、帝国が主に防衛に破綻を来してくると、「寛容」を旗印にしている場合ではなくなる。

 そこで、皇帝という地位をオリエント式の、即位した時点で神聖不可侵なる地位に変貌させることで、帝国の根幹である帝政を、宗教的に確立させる必要性が生じた。この時点で、ローマ人のもつ「寛容」は失われてしまい、「寛容」によって成立したはずのローマ帝国は自壊していくわけだ。

 

 ローマ人は、ローマ共和国、ローマ帝国が拡大していく中で、当然ながら経済的な覇者となる。彼らは保有した膨大な私財を、惜しげもなく、自らの縁深い地域のインフラ整備に投資する。これにより、帝国全体のインフラが再整備されることで、産業や交易が勃興する。豊富な経済力によって裏打ちされた軍事力は、地中海世界では最強かつ最大のものとして、周囲の敵対勢力を抑止力のみで制圧し続ける。

 元老院の事実上の指導によって進められた共和政ローマの運営は、元老院自体の機能硬直化を迎え、帝政へと変貌する。ところが、帝政は即位した人物の考えによって、帝政の方向性がまるで変ってしまうという危険性、あるいは「脆さ」がある。これは、ローマ帝国のみならず、その後の帝国王国すべてが持つ危険性や「脆さ」である。

 せっかくのローマ帝国も、登位する人物がローマ帝国とはなんたるか、という考え方の違いによって混沌としていく。これは、元首にせよ皇帝にせよ、それが終身である以上、もし元老院や市民から「資質不足」とみなされた場合、暗殺されることから、登位した人物が地位よりも自分の命を守るため、元老院や市民、そして軍隊の意向や希望に沿いすぎるあまり、暴走してしまうからである。

 ここからのローマ帝国の自壊は、興隆と発展の要因を知る読者にすれば、悲哀というほかない迷走を続ける。ただ、その滅亡の瞬間まで見逃さない姿勢をこそ、塩野さんは読者に求める。

 

 そして、不思議に「ここでこうしていればよかった」という感想めいたものは一切浮かばない。

 それは、著者自身が、登場人物をくまなく愛しているから、ではないかと思えてならない。それが顕著なのはユリウス・カエサルだが、もう著者はカエサルを愛してやまない。だからこそ、彼を含めた登場人物すべてが、最善を尽くし、致し方ない決断の積み重ねで成功したり失敗したりする、その様を、愛情を込めて描いている。

 

 読了して、パクス・ロマーナというのは、ローマ帝国の強固な軍事力が実現した平和というわけではなく、なんでも清濁併せのみ、しかも内包してなお寛容をもって対するローマ人の性質によるものである、ということを痛感する。それが事実か否かというよりも、塩野七生という人にとっての理解が、とてもすんなりと心に落ちる。

 と同時に、現代の迷走するアメリカ合衆国と、ローマ帝政の迷走がどこか一致する。

 自らを皇帝のように飾り、世界各国に支配者として振舞う大統領も、実は国内の議会と市民の声に弱い。彼らが定期的な選挙でNOを突きつければ、自分だけではなく、自分が指名した後継者や支援者も政治的な地位を喪失する、という議会制民主主義が土台にあるからだ。

 ローマには、貴族である「パトローネス」と、市民や領民からなる「クリエンテス」があった。朝はクリエンテスからの要望や希望を邸宅入口で丁寧に受け入れるパトローネスの姿が一般的であった。パトローネスはクリエンテス全員の要望を丁寧に実現し、その代わり、市民集会などでの選挙ではクリエンテス全員が一致団結して、パトローネスの当選に寄与する。ローマ、なかでも共和制時代のローマは、まさに現代の議会制民主主義そのものだ。

 アメリカ合衆国大統領というのは、ローマ皇帝にも匹敵する政治的、経済的、軍事的権力を有する。ところが、彼は生まれてからすぐに神聖不可侵な存在となるのではなく、選挙によってその地位が定められる以上、常にクリエンテスたちの希望をかなえ続けなければならない。

 いまの大統領にとって、クリエンテスは、既存の政治に不満をもつ、かつて栄光の時代を走り抜けた層が軸になっている。彼らはいう、「アメリカに再び栄光を!」。大統領はそれを実現するため、あえて玉座に座る皇帝のように、諸外国からの首脳に接し、クリエンテスの前で各国首脳を罵倒し、アメリカへの貢献を命じる。クリエンテスはその様をテレビで見て、熱狂する。大統領支持層にとって、かつての「パクス・アメリカーナ」を再興してくれるのは、あの大統領だという確信があったに違いない。

 ところが、常にクリエンテスの希望に沿った政治というのは、一貫性がなく、ストーリー性もない。行き当たりばったりになる。また、クリエンテス個々の要望が、まるで逆な場合も少なくない。

 あるクリエンテスが、違う国家を批判し、彼らはアメリカ合衆国の敵だから排除してくれ、と願う。大統領はこれに応えて、強大な軍事力で攻撃する。ところが、盛大な軍事作戦で国家予算を使い果たし、クリエンテスにも死者が出、国内の経済が悪化の一途をたどるとすると、あの大統領はなぜあんな戦争をしたのか、とクリエンテスの一部が批判する。すると、大統領は支持基盤であるクリエンテス集団が自壊していく様を目の当たりにする。

 なんとか、これを収めなければ、自分の支持基盤が崩壊するだけではなく、自分の地位すらも危うくなる。攻撃した相手との和解を模索するが、相手も突然の攻撃で激高して、和解どころではなくなる。こうして大統領自身が、権威を失い、迷走に拍車がかかる。

 

『ローマ人の物語』というのは、描かれていることは過去のことであるが、これをちゃんと読了した人にとっては、現代の羅針盤として機能すること間違いない名著であると心から感動する。

ダイエット記録

リアルの話です。

ダイエットをしています。

3か月で8㎏落としました。そのメモ。

 

1)発端

 体を使う仕事をしているにもかかわらず、体が重い。

 以前、都市圏で働いていた時は、体が軽くて、思いのまま動いた。これが年齢のせいだけではないと思っていて、原因は運動量にあると思っていた。

 自分の体をそこそこ理解しているほうだと思うけれど、負荷を掛ければ掛けるほど、体が思う通りに動いてくれる。逆に、負荷を掛けないとダラケテしまう。

 今は郊外エリアで働いているので、どうしても負荷が掛からない。暇になってしまう。体が鈍っていってしまう、重くなるの悪循環だった。

 ある日、日ごろは避けている鏡を見る機会があった。

 自分の顔が「ブルドック化」している気がした。

 以前から、年齢と同時に、表情筋も衰え、余った脂肪が左右に下降する顔を心の中で「ブルドック化」と呼んでいた。表情筋が衰えるのを防ぐのも、脂肪を減らすのも今ならばできる。でも、これから年齢を重ねるにしたがって無理ではなくても、困難になる。

 じゃあ、ダイエットと筋トレを兼ねて行ってみよう、となりました。

 

2)仕事をハードにしてみる

 担当しているエリアの中でも、もっともハードと言われる地域がある。

 担当しているお客様が多いし、駐車したところからお客様のところまで、歩いて20分ほどの所も頻繁にある。なにより、お客様の荷物をもって階段を何往復もしなければならないところもある。

 たいていの同僚が、ここで足腰を痛めていて、誰も行きたがらないところ。

 これまでは、同僚がチームとなって毎週一回のペースで担当していた。

 思い切って、自分を専任にしてもらえないか、上司に相談した。

 上司から「Speakeirさん、ドMやったんですか」と言われる。

「いや、ダイエットと筋トレしたくて」

「ダイエットと筋トレにしたって、あの地獄に専任て、ドMとしか思われませんよ」

 この上司は後輩でもあるから、

「ええから、専任な」

と押し切る。

 これが、今年1月の初め。以来、毎日行っている。

 幸い、都市圏で鍛えた体なので、故障も不調もなく行っている。

 XiaomiのSmart Band 10を買った。それまではスマホをポケットに入れて、GoogleのFitで消費カロリーを計算していたが、スマートバンドのほうが精度が増すと思って買ってみた。

 すると、一日の消費カロリーはおおむね1,300キロカロリーと出た。これが本当かどうかわからないので、800キロカロリーくらいが実態だろうな、と思っている。

 にしても、一日で800キロカロリー消費というのは、なかなかの運動量だ。

 

3)食事を見直す

 これまで「わがままボディ」を実現していたのは、食生活だ。

 朝から甘い菓子パン。それも3個くらいペロリと。

 昼は大量の弁当とインスタントラーメン。それも大盛。

 夕食は奥さんが作ってくれる、これも増量夕食。

 その後、晩酌。

 それぞれ間食に菓子パンなんて日常茶飯事だった。

 摂取カロリーは3,000キロカロリーは超えていたと思う。

 自分の目指していたダイエットは、800キロカロリー消費を支えるだけの筋力と体力を温存したまま、体脂肪を最低限まで下げるというダイエット。

 ということは、栄養素を十分に摂取したうえで、必要となるカロリーは最低限摂取しながらのダイエットになる。そのために、スマートウォッチも買った。

 

 僕の仕事は、朝からハードモードで、スマートウォッチ計測になるが、朝に800キロカロリー、昼から500キロカロリー消費という。

 ということは、朝に相応のカロリーを摂取しなければ、脂肪だけじゃなくて筋肉まで消費してしまう。

 朝食を700キロカロリー、朝の仕事を終えてから間食として200キロカロリー、昼食を700キロカロリー、夕食は400キロカロリーを目安にすれば、1日の摂取カロリーは2,000キロカロリーになる。

 このために購入した体組成計によれば、自分の筋肉は60㎏近いらしい。基礎代謝は1,600キロカロリー近い。

 消費カロリーは実数とみて800キロカロリーとして、合計2,400キロカロリーを消費する。但し、仕事の日だけ。

 摂取カロリー2,000 ー 消費カロリー2,400 = マイナス400キロカロリー、となる。きわめて健全なマイナスカロリーだ。

 

 次に栄養素。

 朝から野菜、オーバーナイトオーツにきなこ、蜂蜜を加えたもの、全粒粉のパン一切れを食べることで、一通りの栄養素とタンパク質、炭水化物を摂取できる。

 間食として、サラダチキンとバナナ。サラダチキンはタンパク質、バナナは炭水化物。

 昼食は愛妻弁当にインスタント味噌汁、近所のコンビニで安く買えるひじきの総菜で、海藻類から栄養素を得る。

 夕食は豆腐と納豆を軽く食する。

 これで2,000キロカロリー。時々、あまりに空腹なときはお昼にソイジョイなど、低カロリーで高たんぱくなものを食べる。

 

4)筋トレ

 もともと筋肉質なので、筋トレ必要なの?と同僚から言われるけれども、筋トレをしないと健全なダイエットにはつながらない。

 調べることが好きなのでいろいろ調べていくと、なかやまきんに君さんのブログやYoutubeがとても科学的で参考になった。

 よく言われるとおり、有酸素運動が体脂肪を燃焼させるのに効率的と言われる。しかし、有酸素運動は時間がかかる。20分以上経過しないと、体脂肪の燃焼には結び付きにくいという。

 いちおう、社会人のはしくれである自分にとって、20分以上の有酸素運動というのはとても難しい。仕事のときは、ずっと走り回っているので、自動的に有酸素運動を何時間もしていることになるが(それもハードモードのエリア担当になってから)、せっかくのお休みの日に、1日中運動するのは現実的じゃない。

 そこで、基本的な筋トレを毎日継続することで、筋肉量を維持しながら、体脂肪を燃焼させる必要があった。

 プランク、フルスクワットなどなど、自重トレーニングをゆっくり、丁寧に、着実に行う。

 

5)現状と課題

 3か月で8㎏ダイエット。体組成計によれば、筋肉量はほとんど落ちていない。体脂肪だけが落ちている。

 お腹周りは6㎝マイナス。首回りも3㎝以上マイナス。主に下半身の脂肪が落ちた影響で、服のサイズがかなり変わった。まだダイエット中なので買い替えしないが、すべての服が余裕があるというか、着崩しているような印象になったと、妻の証言。

 目標は20㎏減量なので、あと12㎏減量すればダイエットは一旦終えるけれど、以前のような暴飲暴食には戻さない。ただ、筋肉量は維持していきたいので、食べる量は今より増やす予定。

 課題というのは、仕事の都合もあって、夕食から就寝までの時間が短すぎること。ひどい時は30分しかない。だから、豆腐と納豆という消化のいい、しかし栄養素とタンパク質が取れる食事にしているが、可能ならばもっと消化のいい、たとえば豆腐だけとか、そういうものに置き換える必要があるのか。

 筋トレは十分か。ジムに通う必要はないのか。

 今のところプロテインパウダーの必要は感じないが、本当に不要か。

 

 などなど、もともと調べる、実験する、検証するというサイクルが好きなので、まるで自分の体で人体実験をしているかのようで、今のところは楽しいのだが、どうやってソフトランディングするか、なども考察中。

 いずれにせよ、周囲の人の言うには、ブルドック化も老化もおさまっているらしい。別にアンチエイジングには興味がないが、同僚から「なんかクスリでもやってるのか、ってくらい気持ち悪いくらい若返っている」というのが最近の最大の賞詞。

原油ヒステリック

 つい最近まで北欧の女性やヨーロッパの環境団体は、化石燃料に依存する経済への過激なパフォーマンスが毎日のように話題になっていました。

 で、ホルムズ海峡が封鎖されたことで、原油ショックというか、原油ヒステリックが世界を蔓延してしまっているわけですが、すっかり化石燃料に親を殺されたかのような彼ら彼女らの活動は大人しくなりました。やっぱり、化石燃料がないと生きていけないんですね、誰もかれも。

 社会的なヒステリックというのは情報が制限されていたり、憶測で語るからエスカレートするのであって、ちゃんと調べて学ぶ必要があります。

 

あくまで、個人的な勉強として、メモ的に書いておこうと思いました。ヒステリックに巻き込まれないように、日常を平穏に過ごすために。

 

①原油とは?

石炭が多種多様であったように、原油にも種類が豊富にあります。

 

www.ebc.com

 

たとえば軽質原油、重質原油などがあります。

日本はその殆どを「中東産原油」から、様々な産業に活用していることから、どこの原油でも精製できるというわけではない、ということ。中東産原油の性質に適合した精製プラントが臨海部に林立していて、そこから今話題の「ナフサ」などが精製されていること。

 

②輸入先とその推移

www.paj.gr.jp

 

2024年時点で、日本は136,294千リットルという途方もない量を輸入しています。

そのうち、アラブ首長国連邦(UAE)が43%、サウジアラビアが40%と、全体の八割強がアラブの二国に依存しています。

面白いのは、上のリンク先通り、1973年には288,609千リットルという、とんでもない輸入量だったのが、最近には激減しているということ。なんと、47%まで減っているんですね。

面白いのは、国内でも油田で産出されていること。ほんとに僅かですけれど。

これだけ輸入量が減っているにも関わらず、マスメディアでは1973年ころの石油ショックといまを比較する情報を拡散している。日本はあの頃より、石油依存度が半分まで低減しているにもかかわらず、です。

 

③原油から精製されるもの

www.nikkei.com

輸入された原油は、2024年度実績で30%ちかくがガソリン、20%程度が軽油、15%程度が重油となり、話題のナフサも10%程度が精製されます。

ただ、引用した日経の記事では、輸入総量が反映されていないのでよくわかりにくいのですが、1973年時点では重油が輸入された原油の60%も生成されていたのが、近年は圧倒的に重油が減ったということになります。ガソリンの割合が増えた、というよりも、全体としてのガソリン精製量はほぼ変わらないけれども、重油などの用途が減った、と理解する方が正しいと思います。

また、おそらくですが、原油によって精製される物の割合も変わってくる。日本は、その時々に求められる性質の原油を、適合した油田から調達してきたと思われますから、今の日本市場に最も適したものが、サウジアラビアやUAE産の物であろう、と考えられます。

ちなみに、日本では長年、軽油は余っているので、主に海外への輸出商品です。輸出するくらいなら軽油を造らなければいいじゃない、というわけにはいきません。原油から精製されるものをコントロールできたら苦労しないからです。

 

④今後の見通し

 まず、アメリカ・イスラエルとイランの攻撃応酬によって、ペルシャ湾岸の石油プラントにも少なからず被害が生じています。いまホルムズ海峡が開放されたとしても、プラントが戦争前の生産能力を回復するには、しばらく時間がかかります。

一方、石油を売らないと生きていけないサウジアラビアなどは、別の経路を模索しています。

最も注目されているのが、アラビア半島を縦断するパイプラインの拡充です。

 

www.jiji.com

 

アラビア半島の西部、紅海にはヤンブー港があり、すでにサウジアラビアやUAEはここまで石油パイプラインを敷設していました。ただ、この供給量は依然として低く、その拡充が求められているのが現状です。

また、ホルムズ海峡にすれすれかからない、UAE領フジャイラ港も有力な代替港として注目されています。

いずれにせよ、石油を輸出する側も、輸入する側も、国家規模で代替方法を模索し、かつ活動しているのが実情です。インターネットという便所の落書きを検索しながら、選挙で選ばれた政治家の批判の糸口を探している人とは違うわけです。なにせ、輸出する側にも輸入する側にも、政治家としても国家としても命運がかかっていますから。

 

最後に。

アメリカ・イスラエルという一神教国家が、イランという一神教国家を「おそらく宗教的な理由で」攻撃した時点で、この戦争は多神教国家である日本人には全くわからない世界の話です。だから、どっちが間違っているかどうかなんて議論はすべきじゃないです。そもそもわからないんだから。

なぜ注目されているのか、それはひとえに石油という、生活に必需品となるエネルギーが掛かっているからです。

そして、それを利用して儲けようとしているのが投資家という連中です。

また、センセーショナルなニュースをぶち上げることで、マスメディアとしての自己満足に浸る人々も多くいます。

でも、すべてが我々庶民にとって「手も足も出ない」「雲の上の話」である以上、必死になってネガティブな情報に身を浸すよりも、丁寧に情報を拾い集めてしっかり理解しながらも、しっかりと落ち着いて、日々自分がなすべきことをすべきなのではないか、と思うわけです。

というわけで、僕はいまダイエット中なので筋トレします。

お疲れさまでした。

つまり。

ひとには感性と理性がある。

感性が強い人は感情過多、激高しやすく冷めやすい。理性が強い人は、理詰めを重視することから、冷徹と評されやすい。

何事もバランス感覚であることはいうまでもないが、それでもどちらかに偏るのが人の性。

自分が理性的だと思ったことは無い。感性的であるとはよく思う。

それでも、なぜ感情が高ぶるのかと問われたら、理性的な問題が多いように思う。

 

例えばフェアではない、と感じたときはたいていの人が感情を高ぶらせる。同じ機会と待遇であれば不満は生じないが、明らかに自分のほうが他者より劣った環境で何かを行うよう命じられたら、明らかに強い不満を感じる。

では、それが怒りに直結するかどうかは、その人の歴史によると思う。

例えば、仕事で。この仕事を長くやってきた、この仕事については会社に多大な貢献を果たしてきたという自負がある場合、アンフェアに対しては、会社や管理職に怒りをぶつける人が多いだろう。これまでの努力や貢献はなんだったのか、という怒り。

趣味でも、これまでこの趣味にどれだけの時間と労力と資金をつぎ込んできたか、という自負がある人が、明らかに同じ趣味をもつ人と差をつけられるような待遇に、黙って甘んじるわけがない。

つまり、人が怒るという感情は、単なる感情過多ではなくて、実は理性的な理由で発生する。理論的に、これまでここまで頑張ってきた、実際に実績がある、という評価は理性で行う。にもかかわらず、というところから感性的な怒りに発露する。

 

世の中の仕事には、前線と後方がある。戦争みたいな話になるが、例えば商社であれば、営業マンは利益を獲得するために日夜奔走する。彼らの努力がなければ、商社は利益を得られない。

ところが、彼らの獲得した商取引は、後方支援の存在なくして成り立たない。

ある大型機械を取り扱う商社であれば、大型機械の受注を獲得したのは営業マンだが、大型機械を製造するのは機械製造会社、そこから購入するのは商社の後方部隊。さらに、その機械を搬送し、契約通りの場所に据え付け、稼働まで進めるのは、運送業、建設業、そして機械操作に熟達した技術工の存在がなければならない。

さらに、稼働下でのアフターケアもエンジニアの仕事になる。

金銭的な授受に至っては双方の会計責任者間で進められる。おそらく高い確率で、銀行が介在する。

だから、商社で営業マンだけが重要というわけではない。

しかし、営業マンがいなければ、会社は動かないし、利益も生まない。

相互の存在価値と尊重する気持ちがなければ、会社は利益を生まないし、社員は給料を獲得できない。

 

会社員というのは、会社に遊びに行くわけではない。ましてや、友情や愛情を探し求めている人間は実際にいるけれども、本旨ではない。本来の目的は、お金を稼ぐために出社する。

当然ながら、人間というのは人の好き嫌いが生じる生き物なので、同じ仕事をしていても、なんとなく合わない人もいる。関わりたくない人間のほうが多いかもしれない。それでも、自分は歯車の一つでしかなく、嫌いな関わりたくない人間も、同じ歯車なので、致し方なく表面上は仲良くする。でも、あくまで表面上だけで、だ。それ以上立ち入る人は、会社に友情や愛情を求めに行っている、かなりの暇人だ。

表面上の関係性を維持するために、最も簡単な方法がある。挨拶をする、だけだ。

おはようございます。

こんにちは。

お疲れ様です。

失礼します。

たった、この四つの言葉で、世の中の表面上の、上っ面だけの人間関係は円滑にすすむ。ちゃんと挨拶するだけで、相手に好印象を与えるというほど、社会の表面上の人間関係というのは簡易だ。チョロい。

ところが、それができない人間がいる。

おそらく、そういう人は人間として何かが欠落しているか、会社に友情や愛情を求めに来ていて、期待した愛情を得られなかったことに不満を感じているか、上っ面だけの人間関係すら拒絶している人なのだろう。

そういう人を丁寧に相手するほど、人間の人生は長くない。長くても、たった100年しか生きれない生物なのだ、我々は。

上っ面だけの、表面上の人間関係を円滑にしよう、その程度の、僕のようなゲーマーにしてみれば、帰宅してパソコンの電源を押す以上に簡単なことすらできない社会人が、実はこの世の中には膨大に存在する。

僕は、そんな人相手でも毎日、ちゃんと挨拶する。どんなに嫌いな人でも、関わりたくない人でも、丁寧に挨拶している。それだけで、相手が勘違いするくらい僕に好印象を持ってくれる。こんな攻略が簡単なゲームは、Steamを探してもないだろう。

若いころは、挨拶しない人に「なぜだろう」と思い悩むこともあったけれど、いい歳こいてくると、そもそもそういう人なんだろうと受け入れるようになった。と同時に、表面上では愛想よく挨拶していても、本心では「さっさと消えろ」と思っている。

人間が大人になるというのは、いくつも顔を持つ、という事じゃないかと最近思っている。だから、リアルの僕が誰にでも愛想がいいのは、逆に言うと、誰にも興味がなく、誰とも仲良くしたいとは思っていないからでもある。挨拶しなくても結構、あなたの人生は俺の人生に一ミリも関わらないので、どうぞご自由に、と思っている。

 

これが、感性的な感覚だと僕は思っている。

理詰めで考えれば、挨拶したら返さなければならない、という理屈がある。挨拶しても返してこなければ、相手は自分を無視している、バカにしている、見下しているという怒り、つまり感性になる。じゃあ、お前の考え方は理性的じゃないのか。

ちがう、問題は、どういう感性の方向にもっていくか、の違いだ。

怒りにもっていくのも感性。しかし、怒るのも馬鹿馬鹿しいと思うのも感性の問題。

どういうことがあっても、人間は感性的な行動に移るものだし、感情のない人間は存在しない。だから、理性的に受け止めた事実(ここでは挨拶しない人)を、自分の心の中でどうやって受け止めるかは感性だ。多くの人は怒りや憎しみに受け止める。

でも、怒っても憎しみを持っても、それは相手の術中にはまる、ということにならないか?

極論すれば、挨拶しない人の手のひらで転がされているような気がする。

「挨拶返さなかったら怒ってるよ、このバカ」

って言われている気すらする。

それでは、この挨拶すらまともにできない社会不適合者と、同じ目線の同じ界隈の人間に堕落してしまうのではないか?

ここは、自分の意識を高く持って、挨拶を返さなくて結構です、俺はお前のことをそういう人間として見下しているから、という誇りと共に、笑顔で挨拶してやればいいのだ。

そういう考え方は、とても感性的だと僕は思う。

 

妻や親しい人には、たまに言われる。

「あなたは、笑っていても時々、目だけ笑っていない時がある」

そういうときは、挨拶すらできない人と会話しているときだろう。妻や親しい人と話しているときは、決して思っても居ない事を心に持ち続けているから。

 

「君の人生と俺の人生は、おそらくコンマ一ミリも関りがないから、どうでもいい」

 

ただ、挨拶すらまもとにできない人は、おそらく人間として終わっている。これは、間違いない。

変化と彩りを。

昨年末から、少し気分が変わって、普段変わりない日常を変化させたくなった。

理由は、本当に些細な出来事。言うまでもないくらい、些細な出来事。

 

まず、20年前くらいに購入した、塩野七海さんの小説を押し入れから取り出す。

コンスタンティノープルの陥落』

ロードス島攻防記』

レパントの海戦

の、いわゆる三部作。面白かった。久々に、本当に久々に読書の楽しさを思い出した。

続いて、そこに記されていた「できれば事前に読んでほしい作品」として『海の都の物語』全6冊を買って読んだ。これも面白かった。1日1冊の勢いで、仕事中にも帰ってからも読み漁った。

そして今、『ローマ人の物語』を今更ながら、読み進めている。

まず、最初の変化は「読書をする」。

 

もう一つの変化は、仕事。

毎日、どうしても単調になりがちな仕事をしている。

以前、都市圏での業務を行っていた時は、仕事に追われ、日々走り回っていた。

いまは、郊外に拠点を移して仕事している分、落ち着いて一つ一つの仕事をこなせるようになったけれど、どこか頭も体も「腐っていく」感覚がぬぐえなかった。どういうわけか、単調で落ち着いた仕事というのは、自分の精神も肉体も衰えさせるものらしい。

会社からは、以前の都市圏への転出も求められている。個人的にも興味がある。

でも、家庭の事情がそれを許さない。

じゃあ、いまの拠点での業務内容を刷新してみよう、と思った。あえて、誰もが避けるエリアに転換してもらった。

都市圏での頃に比べればまだまだ、ヒマだけれども、毎日仕事に追われることで、衰えていた、腐りつつあった心も体も、回復して生き返るような感覚を得ることができた。

人間、適度な仕事の荷重は必要なのだと思う。

 

よく、昔の文人の生活で「晴耕雨読」という。それに近いような生活の変化だと自分で思っている。

晴耕雨読というと、気ままなのんびり暮らしというイメージもあるが、自分的には、晴れた日には農業で体を鍛え、雨の日は家で読書して心を鍛える、というイメージが強い。農業もタフな作業だし、読書も実は体力がいる。ともに、体にも心にも壮健となる。栄養になる。だから、晴耕雨読というのは、心身を鍛えることを意味すると思っている。本以上重たいものを持ったことがない人が、鍬や鋤を握りしめて、汗水たらして、大地を耕せるわけがないのだ。逆もしかり。

 

変化というのは、いつも誰にでも、どこからか手招きしていると思うし、それに気づかないで、ただ単調で安易な毎日を過ごすことが多い。自分もそうだ。

でも、ちょっとした変化を見つけ出して、変えていくことが、日常に彩りを与えるような気がする。そんなことに今更気づいた。

 

そうすると、何気なく積んでいたゲームをやってみるだけでも、新鮮な気持ちになれる。

もちろん、ゲームも引き続きやっています。