今回もゲームと全く関係のないお話です。
「銀河英雄伝説 Die Neue These」を見てます。
銀河帝国において、ゴールデンバウム王朝がローエングラム王朝によって取って代わられ、さらに辺境に独立した自由惑星同盟を征服する物語です。簡単に言うと。
これは、漢王朝が魏王朝に取って代わられた歴史に似ています。この場合、魏王朝はローエングラム王朝、蜀漢王朝は漢王朝の後継政権なので、自由惑星同盟と銀河連邦の関係に似ています。
さて、銀河連邦を古風な絶対帝政の銀河帝国に変貌させた初代ゴールデンバウム王朝皇帝は、社会をドイツ風に改造し、功臣たちを貴族に取り立てます。その際の貴族制度は、若干日本の貴族制度に似ているように思います。
というのも、日本の明治貴族階級制度は、最初に階級を定めて置き、それまでの江戸時代における身分に応じて階級の爵位を与える、という形式を取ったため、それぞれの爵位は階級を意味するだけのものでした。近代国家として当たり前ではありますが、一切領地もなく、領地とのつながりもありません。
一方、ヨーロッパの貴族制度は、皇帝権力に直属し、皇帝直轄領を編成した所領の管理を行い、時として転勤もあり得る爵位と、周辺地域の開拓以来、領地に太く根付く豪族の権限を、皇帝が後追いで認める代わりに与えられる爵位など、多様性に富んでいました。
人類が現代民主制度を経て、再度貴族制度に支えられた絶対君主制に逆行したという歴史なので、爵位が貴族の階級を意味する、日本的な爵位制度がゴールデンバウム王朝に普及したという理解は妥当性があります。
ただ、ゴールデンバウム王朝の藩屏たる貴族たちの中にも、描かれ方が大きく異なるものがあります。例えば、ブラウンシュヴァイク家などの古来からの有力貴族、マリーンドルフ伯のような中級貴族も、所領が描かれます。ところが、新興のローエングラム家は、古来からの名家という設定ではありますが、領地が描かれません。主人公のひとり、ラインハルト・フォン・ローエングラム、その名はいわば「ローエングラムという領地の貴族・ラインハルト」というべき呼称ですが、その領地が描かれません。ラインハルトが領地経営をしているという想像は難しいですし、存在していても、家令組織に経営をゆだねているのかもしれません。いずれにせよ、ラインハルトがローエングラム家領から収入を得て、生活しているという風には描かれません。かなりの極位に至るまで、彼はキルヒアイスと共に老女の経営する下宿に住んでいたといいますから。通常、爵位を得ると王朝から邸宅を与えられ、そこには王朝から支給された家令が常勤するものですが、ラインハルトの生来の、そうしたことを嫌い疎む性格も影響して、彼のそうした生活の描写は見られませんね。妻となるマリーンドルフ女伯には、ユニークで魅力的な家令組織が存在しますが、むしろあれが貴族の普通の景色です。
ただ、この領地の描かれ方が大変重要です。
ブラウンシュヴァイク家をはじめとした、門閥貴族たちには固有の武力と所得があります。集結すれば、帝国軍の正規兵を掌握するラインハルトを上回るほどの、強力な「私兵」と、それを養う「私領」があるわけです。どうも、ブラウンシュヴァイクなどは、明確な帝国の役職を得ていないように見られますので、所得は所領からのみ、となります。惑星数個を所有しているということでしょうか。
さらに、彼らに雇われる「私兵」には、銀河帝国軍の正規兵と同等の階級が与えられます。ただ、これは私兵集団を運営するにあたって、その予算を国家からも支出させるための仕組みかもしれない。いかに門閥貴族といえども、艦隊や軍隊を経営するには莫大な予算がいりますし、軍人育成にも費用と経験が必要です。正規兵としての教育を受けた兵士たちに対して、貴族私兵集団から勧誘があるのかもしれませんね。
その点、日本の中世貴族社会に似ている。摂関家や五摂家は、私的な家産組織と小規模な軍事力を保有していました。その財源は莫大な荘園にありますが、家来集団の多くが主家と国家に両属していました。下級役人ほど、国家からの役職俸給だけでは生きていけないことから、摂関家などに奉仕することで副業とし、俸給を得ていたわけです。
たぶんですが、ゴールデンバウム王朝正規軍は、そのまま正規軍兵士として生きていく道と、門閥貴族に奉仕して生きていく、二つの道があった。ともに、俸給はゴールデンバウム王朝の軍事予算から出されていたが、門閥貴族に属する利点は、正規兵にはない「出世のチャンス」と、門閥貴族に庇護される特典。それに対して、特定の門閥貴族に属することによって巻き込まれる抗争、正規兵集団内での昇進途絶(政治的私兵なので、艦隊司令官などの道は立たれる)などでしょう。いずれにせよ、門閥貴族はゴールデンバウム王朝を食い物にして、私兵集団を育成していたという仮定が成り立ちます。
門閥貴族は、私領を得て国家の軍隊を私兵集団のように部分掌握し、その予算すらも国家予算を食いつぶしていたとするならば、リップシュタット戦役後の、ローエングラム家に傀儡化されたゴールデンバウム王朝の予算は劇的によくなるわけですから、こうした理解が蓋然性が高いと思います。
対するローエングラム家は、帝国軍の中枢を掌握することによって、銀河帝国そのものを強奪する形で権勢を掌握します。リップシュタット戦役は、ゴールデンバウム王朝の内実を掌握して傀儡化したローエングラム家と、旧来からゴールデンバウム王朝を食い物にして私腹を肥やした門閥貴族の戦いという、ともにゴールデンバウム王朝に権力の源泉をもつ双方の戦いということになります。
さて、その中でのゴールデンバウム王朝における爵位制度というのは、貴族としての格を意味するのであって、古来ヨーロッパにおける所領と爵位の関係性には全く近くない形式であると思われます。つまり、ブラウンシュヴァイク家はブラウンシュヴァイクという惑星や星系を支配しているのではなく、ブラウンシュヴァイク家という家名と、所領群を擁する貴族ということになります。これがなにが重要なのかというと、例えばヨーロッパ貴族爵位は所領が大きく拡大したり、基幹となる所領が変われば、家名が変わり、爵位も変わっていたのが、ゴールデンバウム王朝ではそうではない、ということです。ブラウンシュヴァイク公爵家は、ブラウンシュヴァイク公爵領を掌握しているからではなく、どのような所領構成であれ、ゴールデンバウム王朝が続く限りブラウンシュヴァイク公爵家であり続ける、と。
こうなると、貴族爵位は単なる階級である、日本明治貴族制度と酷似してきます。明治貴族制度には所領制度はありません。爵位は階級を示すだけであり、公爵というのは明治元勲か上流貴族ばかりでした。爵位が単なる階級を意味するのであれば、リッテンハイム侯爵が、侯爵に陞爵した際「爵位が並ばれたと思うと吐き気がするわ!」と述べたのも理解できます。彼らにとって爵位は、軍隊における階級のようなもので、階級を意味していた。名もなき名ばかり貴族だったラインハルトは、ミューゼル家からローエングラム家を襲封し、伯爵から侯爵に昇進したわけで、リッテンハイム家がどれくらい苦労したのかしりませんが、何代かかけて侯爵になったのに、ラインハルトは20代でその侯爵になった。悔しかったでしょうなあ。
公爵になると、皇族王族の近親者であると名実ともに認められたことになります。リッテンハイムもブラウンシュヴァイク同様、皇帝から皇女を降嫁されていますので、皇族に入っています。公爵でもおかしくないですが、所領規模やらなんやら、公爵になる資格が足りなかったのか。ゴールデンバウム王朝において、公爵になる資格が規定されていたのかもしれませんね。
TESの世界でも爵位のことを何度か考察しました。
仮想世界であろうとなんであろうと、社会の基幹となる爵位制度、階級制度というものは、しっかり理解すると作品をさらに深掘りして楽しめると思います。
ラインハルトは最後まで、ゴールデンバウム王朝を食い物にする貴族制度ではなく、王朝そのものを奪取する形にこだわって、ローエングラム王朝を開いた。ゴールデンバウム王朝に巣食う門閥貴族は、最後まで、門閥貴族の枠を超えられなかったわけです。